絵本から認知症の姉に届いたメッセージ

 

義理の姉が認知になりもう何年になるだろう?。

段々日常生活が難しくなってきたことを感じています。

物を(現金・財布・書類等)を隠して“ない!”と探し回っています。何回も何回も何回も同じことを言い同じ行動を繰り返し、私が説明しても聞き入れてくれず私に対して攻撃的になるのです。私がお金を持って行ったといわれ(世話している人の特権です)

こんな時、世話することを引き受けたことを後悔してしまうのです。

怒ってはいけないことは十分わかっています。

しかし、姉の怒りに反応して怒りでしか反応できなかったのです。

少し距離が必要かと見守りしようとしても放置できず、世話を焼きすぎではないのか?と!私はこれでいいのか?と自問し続けました。

そして、自己の思考や行動に後悔した自分が情けないと思っていたのです。

ある日姉が来ました。私はお茶目に「ここに座って。本読むので聞いて」というと義理姉は嬉しそうに座ってくれた。

読んだ絵本は 12~13ページの割と薄い一冊で “どんどこももんちゃん”でした。

最初はどんどこどんどこというテンポ良い声に嬉しそうに反応してくれたので私も嬉しかった。

中盤を過ぎたころ姉は「これは 私のことや~」と言って涙を流しました。一瞬続きを読んでいいのか迷いながら最後まで読み切りました。

日々興奮や怒りや妄想や落ち込みが混合した生活を送っている姉が素直に感情が表現できた瞬間でした。

私たちの行動は感情とともに潜在意識に入っていくのです。人が感情をコントロールするということは感情を認識することが大切だと考えている私にとってこの出来事は大きな喜びの衝撃になりました。

この“どんどこももんちゃん”は赤ちゃんの本との認識があったのですが、私も好きだったので読ませてもらいました。

この絵本が姉の心を動かしたのです。

そして、やっと今出来ることしか出来ないと自分を許すことが出来ていると気がつきました。

そうか!自問と思っていたけど自分を責めていたということに気付いたのです。

絵本の効果ってスゴイ!と改めて認識しました。

自分にとって辛い感情を向き合うと生きていくのに辛すぎるので潜在意識に入れたまま見ない!感じない!ということをしてしまいます。

このどんどこももんちゃんで義理姉はその感情を表現できたのです。

一生懸命商売をして頑張ったのに、廃業した義理姉の人生を垣間見たと感じました。

絵本で認知症の姉に届いたメッセージは過去の頑張って生きてきた中での色々な障害を乗り越えてきたことが、絵本のどんどこももんちゃんで共感出来たのではないかと考えますが、皆さまはどう感じられましたか?

絵本と出会ったからこそ、義理姉とのコミニケションの選択肢が増え、また自己理解に結び付いたと考えています。

どこももんちゃん とよた かずひこ

童心社

絵本メンタリング協会

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